2013年04月07日

ばか:旭日旗に文句を言う韓国人は、あきれるくらい二枚舌

前から不思議に思うこと。
日教組のキチガイ教師を筆頭に、日本の左翼は、日の丸を軍国主義のシンボルだと文句をつけるけど、たいていのことで日本の左翼と同調してるはずの韓国人は、日の丸には文句をつけない。(反日デモのときに燃やしたりするのは、日の丸だけど。)
韓国人が軍国主義と結び付けて文句をつけるのは、旭日旗だ。
きゃりーぱみゅぱみゅの写真に旭日旗があったと喚き、イギリスで売ってる弁当のマークが旭日旗に似ているとクレームをつけて、デザインを変えろと要求する。
だけど、不思議なのは、旭日旗にヒステリックに文句を言う韓国人は、なぜか朝日新聞の社旗が旭日旗であることには文句をつけない。
これが一番不可解。
普段、韓国の反発が予想されるだの、韓国を刺激するようなことは避けるべきだのと言っている朝日新聞が、旭日旗を使い続けている理由もわからない。

常に媚韓&反日姿勢の朝日は、韓国では良心的メディアと言われている。韓国に良心的なはずの朝日新聞の社旗が旭日旗であることは、大問題だと思うんだけど、これを変えろと韓国人が要求しているというニュースは聞いたことがない。
普段、韓国びいきの報道をしてくれるから、朝日は見逃してやろう、ってことなのか?
韓国は、日本以上にコネ天国だから、身びいきなんて当たり前なんだろう。

韓国人は、反日の時ですら、二枚舌なのだ。
日本にイチャモンつけることだけが生きがいだから、反日の基準を統一することもできない。

嘘つき売春婦を日帝の被害者とやらに祭り上げ、なぜか関係ないアメリカのあちこちに慰安婦像を建てようとしているが、慰安婦像のデザインや文言をめぐって、在米韓国人同士で揉めて、アメリカ人に呆れられている。
現在、アメリカには韓国人の売春婦が押しかけていて、問題になっている。その国で、60年以上前の売春婦を悲劇のヒロイン扱いしてアメリカ人に同情されると思う馬鹿さ加減がすごい。
常識のある民族なら、売春婦の像を作るより、韓国人の売春婦を減らすことを考えるもんだけど、そんな常識を韓国人に期待するだけ無駄。

キチガイ左翼は、反韓デモをしてる日本人だけが、韓国を嫌ってると思ってるようだが、まともな常識の通じない二枚舌の馬鹿な韓国人は、万国共通で嫌われて当たり前。
ネットでよく見る「韓国は、知れば知るほど嫌いになる国」というフレーズはよくできている。これから先も、非常識で二枚舌な韓国の好感度は下がり続けると明言しておこう。
そして、二枚舌の左翼マスゴミが、日本人の信頼を失うのも当たり前だ。
posted by らいと at 21:01|

2013年03月20日

へん!おそろいにこだわる格差脳は、いじめの元凶

キスマイヲタの格差脳は、デビュー前は格差がなかったと言い張るけど、少し前に『少年倶楽部』でデイブレイカーって曲をABC−Zってグループと一緒に歌ってるジュニア時代の映像を見たけど、この時も3:4じゃん。
違うのは、玉森が4のほうにいて、千賀が3のほうにいること。
衣装が一緒だったというんだろうけど、衣装が一緒だろうが一緒じゃなかろうが、3:4で歌割、カメラ割りに差があるのは事実。
でも、格差脳にとって重要なのは、とにもかくにも衣装が同じか否かなのだ。このあたりが、格差脳が浅はかで狭量な理由。

そもそも「おそろいの衣装じゃなければかわいそう。」と思う感覚がよくわからない。
自分は、学生時代、制服が嫌いだった。それは制服のデザインのせいではなく、全員同じ服を着せられるのが嫌だったからだ。
でも、いまどきは、学校の制服を着せられることになんの抵抗もない人が多い。志望校を制服のデザインで決めるような子も多い。リボンを大きくしたぐらいで、個性を出したつもりになっている。
AKBを筆頭に18歳オーバーのアイドルも制服みたいな衣装を着ている。世の中、おそろいであることに慣れすぎているのだ。

街で自分と同じ服やバッグを持ってる人とバッタリ遭遇したら気まずいと思う人が多いはずだ。なのに、なぜおそろいにこだわるのか?
格差脳の言い分をながめていて、気づいたのは、同じ服であることが、同じグループの証だと思っていること。逆に言うと、同じ服でなければ、同じグループとは認められないと思っているということ。
これは、いじめっ子の理論だ。
みんなと同じものを着たり、持ったりしていなければ、それだけで仲間はずれの動機になってしまう。

今も昔も、「友達が持ってるから」という理由で親におねだりする子供は多い。友達が持ってるのを見て、単に自分も欲しいと思っただけなら問題ないが、「みんなと同じものを持たなければ、仲間はずれにされる。」と思ってるなら問題だ。
そう感じてしまう側にも、そう感じさせてしまう側にも問題がある。
「みんな白系のファッションなのに、なんで黒なの?ダサいよ。」
「え〜!まだ買ってないの?この中で持ってないの、まる子だけだよ〜。」
こういうことを平気で言うし、そう言われる側にならないように仲間の目を気にして生きている。
おそろいの服を着ていれば安心だ。格差脳は、そう信じている。

格差脳が、ツイッターで共感乞食になるのもいじめっ子的だ。
「キスマイやセクシーゾーンに格差をつけるジャニーズ事務所はおかしい。共感する人RT」とかやってる。
仲間を作ることに必死な人間は、仲間じゃない人を排斥することにも必死になる。そうやって、周囲の人間を味方と敵に分けていく。味方にならない奴は、すべて敵なのだ。中立はない。
仲間なら、みな同じ物を持ったり着たりするはずだと思っている。キスマイは、同じ服を着たいのに、着せてもらえないと思っている。キスマイは、私服だったらおそろいなのかよ。

こういう人がいるから、いじめはなくならないのだ。ドラマ「夜行観覧車」でも、町内会の意地悪婆が、着物で集まる会にひとりだけ洋服で来た新人りをいびっていた。洋服で来るように仕向けたのはその婆なんだけど。
いじめっ子にとって、服の違いを指摘することは、仲間はずれを知らせる最もわかりやすい方法なのだ。
でも、同じ服を着ていなくても仲間は仲間。そう思える人間のほうが健全だ。
「なんでみんなと同じ服じゃないの?」と嫌みったらしく言う奴がいたら、「おそろいにこだわる様な心の狭い人間にはなりたくないからね。」と答えることにしよう。

posted by らいと at 21:10|

ふむ。格差のないアイドルグープなんてただの幻想

民主党と格差脳がいなくなりますように、とブログに書いてから1年とちょっと。
民主党はあと少しで消滅しそうな情勢だけど、格差脳は相変わらずぐちぐち言ってる。なんだか最近は、「セクシーゾーンの格差は妥当」って記事でも書かなきゃいけないのか?って情勢(笑)。

格差脳はいつ気付くだろう。
格差のないアイドルグループなどこの世に存在しないということに。
格差があるのが問題なのではなくて、格差を気にする人間に問題があるということに。

格差脳が、格差がないと主張する嵐だって、ファンでもなんでもない人間から見れば、櫻井くんの露出が一番が多いし、待遇がいいと感じる。慶応卒の肩書きでニュースキャスターやるのはわかるとして、演技力もないのに、ドラマや映画の出演が多いのは不相応に思う。
 
まだ、高額納税者番付が公表されていた頃、タレント部門ではスマップの中居くんが一位だったりした。というわけで、スマップは、毎年、収入格差を世間にさらされていたわけだけど、今でも番付があったら、嵐の収入格差も明らかになっていただろう。
タレント側は、納税額が公表されるのは嫌だっただろうが、納税者番付の公表は、庶民にとっては結構楽しみな芸能ネタだった。番付が公表されることに文句を言う庶民はいなかった。
でも、今だったら、「同じグループなのに収入格差があるのはおかしい。」とか「嵐はこんなランキングが公表されることを望んでいません。共感する人RT」とかツイートする人がいそうだ。
昔のアイドルグループには格差がなかったかのようなことを言い張る人がいるけど、格差がなかったわけではなくて、「格差」という言葉が一般的ではなかったし、気にする人がいなかっただけ。

茶の間でアイドルグループの話が出れば、「(グループ名)の中だったら誰が好き?」という話で花が咲く。嵐だって例外ではない。自分も聞かれたことがある。
そんなときに、「私は箱推しだから、誰が好きとか決められない(キリッ)」って答えたら、ドン引きされるに決まってる。
二人組でも、「○○の方が好き」または、「どっちも好きではない」の2択しかない。「どっちも好き」とか「みんな好き」とかいう綺麗ごとの答えは求められていないのだ。
二人以上の人間が同じグループやコミュニティにいれば、比較されるのが運命。同級生だって兄弟だって、比較される。同じ服を着ていれば、比較されないわけではない。
「誰が一番○○か」をみんな気にしているのだ。
でも、身近な人間や友達の中で「誰が一番か」を話題にするのは、えげつない(話題にする人もいるけど)。
芸能人が対象なら、気兼ねなく話せるし、話したい。

「誰が一番かを知りたい」というえげつない欲求を芸能人で満たしているのかもしれない。そう考えると、お茶の間で格付けされるのも芸能人の役目なのかも。
「キスマイBUSAIKU」って番組だって、格付け番組だし、ロンハーの人気企画の名前は、「格付けしあう○○たち」だ。
自分は格付けされたくないが、芸能人が格付けされるのを見るのは楽しいと思うのが世間。
格差がかわいそうだと思ってるなら、「キスマイBUSAIKU」も楽しめないと思うんだけど、格付けを理由にレギュラー化に文句をつけてる人はみかけない。

アイドルグループに格差があるのはおかしいと言いながら、「○○担で、副担は△△くんです。××くんは神担です。」とか意味がわからない。自担が決まってるということは、そのグループの中で一番を決めているということ。そして、グループでの活動以上に、ひいきのメンバーの個人活動を渇望している。
「7人じゃなければキスマイじゃない。」とか言いながら、ソロや好みのシンメで活躍する場を望んでいる。自分の好きな組み合わせで分けるなら文句はないのだ。
コンサートでも個人名の団扇を作って、自担にアピールするのに必死なんだろうけど、グループ名の団扇を作りなさいよ。格差脳は、当然、箱推しなんでしょ?
本当に格差脳って浅はか。

posted by らいと at 21:03|

2013年02月22日

へ?寒すぎてそっぽ向かれるフジテレビ

視聴率不振から脱却しようと始めた新番組がこけ続けているフジテレビ。
上から目線でだめなところを考えてあげよう!

映画監督の是枝脚本と久々の山口智子と宮崎あおいの出演が売りだった阿部寛主演の「ゴーイングマイホーム」は5%を切るときもあるほどの低視聴率で大コケ。
かつての人気番組再びを期待したアイアンシェフも大コケ。
「世界は言葉でできている」とか言う気取った大喜利見たいな番組も大コケ。
共通するのは「上から目線ですかしてるのにダサい」こと。

是枝監督は、海外の映画祭で受賞歴があるというだけで、業界人やサブカル好きが持ち上げるけど、ヒット作があるわけでもないし、知らない人のほうが多いだろう。山口智子も宮崎あおいも、もったいつけてドラマに出てなかったけど、ドラマにめったに出ない女優がドラマに出てありがたがるのはテレビ局だけで、視聴者にとっては別にありがたくもなんとも無い。
エンタメ色の強い映画より、海外の映画祭で評価される映画を撮りたがるすかした映画監督と作品選びにこだわりがあるらしいすかした女優(笑)。
業界が過大評価している人間をキャスティングすれば、茶の間が喜ぶと思うセンスが古いし傲慢。視聴率が悪くても「わかる人には評価された。」とか言ってそう。

今のフジテレビの「上から目線ですかしてるのにダサい」感じを象徴しているのが、平日夜11時台の「COOL TV」というコンセプト。
「ヌメロン」「オデッサの階段」「テラスハウス」「キャサリン三世」「TOKIOカケル」という番組名もすかしてる。
「ヌメロン」は、「クイズ数字を当てろ!」、「テラスハウス」は、「ありのりシェアハウス編」とかでいいんじゃないかと思う。わかりやすい番組名をつけるより、かっこいい番組名をつけようと必死になった結果、意味不明の番組名になってしまった感じ。

フジテレビによると「COOL TV」は、「感度の高い若者に支持されることを目指すオリジナリティあふれる番組とデジタルとのコラボ」がその中身らしいのだが、政府がクールジャパンを推奨する時代に、「クール」とか言い出すセンスの古さとともに、テレビ局がお茶の間より上だと思っている傲慢さが隠せていない。
フジテレビを見る若者は、「感度の高い若者」ということにしたいようだけど、たかがテレビを見るのにどんな感度が必要なのか?
フジが想定している「感度が高い若者」がどういう若者なのか知らないけど、フジテレビデモをするような反韓流の若者は含まないんだろう。フジテレビを嫌ってる奴は感度が低いとでも思ってそうだ。

「オリジナリティあふれる番組」ともあるけど、オリジナリティは感じられない「キャサリン3世」は、「グータン」の焼き直しだし、他もどこかで見たことがあるような番組を気取った演出で作り直したような感じ。

なにより「COOL」という言葉にオリジナリティのかけらもない。その理由は、フジテレビの長寿番組にある。
フジの看板番組の「めちゃめちゃイケてる」は、正式の番組名に「WHAT A COOL」がついている。めちゃイケの放送開始は、1996年。
17年前に始まった自分のところの看板番組のタイトルに「COOL」とついてるのを知らないのか?
それとも、17年前のクールと今のクールは何か違うのか?
1996年のテレビを調べたら、山口智子とキムタクの「ロングバケーション」がこの年。「スマスマ」もこの年から始まっている。フジテレビがブームを引っ張っていたと言える時代だ。
だから、フジテレビにとって「COOL」は、「栄光の日々」を思い出させるのかもしれない。でも、そんな懐古主義のCOOLが、かっこいいわけがないし、新しいわけがない。フジのCOOLは、寒いのだ。

過去の栄光にしがみつき、上から目線で「感度の高い視聴者」とやらを選り好みするフジテレビが再浮上する日は遠いな。

posted by らいと at 21:46|