2014年09月21日

へん!「結婚したらどう?」を批判する人の矛盾

都議会の議員が「プライベートの場なら、結婚したらどうだと言う」と発言して、また、バカどもが差別だセクハラだと騒いでいる。
少し前にも都議会で、塩村とかいう女性議員に「早く結婚しないのか」と野次がとんでマスコミが大騒ぎしていたが、議事の場で野次として発言したのは問題かもしれないが、発言の内容自体はセクハラでもなんでもない。
野次られた塩村議員は、さも日本は女性蔑視のひどい国だいわんばかりに会見を開いていたが、「結婚しないの?」的なことは、男も女も言うし、男も女も言われる。異性に言われるとは限らないし、他人が結婚してるかどうかを気にするのは、どちらかといえばおじさんよりおばさんだ。
おばさんが未婚の人に「結婚したら」と言ってもセクハラ扱いされないのに、おじさんに言われたらセクハラ扱いなのは、それこそ男女差別だ。

以前からおかしいと思うのは、日本は少子化対策がなっていないと文句を言う人間が、この手の発言をタブー視することだ。少子化対策の観点から言えば、「結婚したらどうだ」発言は歓迎すべきだろう。なぜなら、少子化対策とは、国が「結婚したらどうだ」を政策にすることだからだ。

昔の人は、みながみな結婚したくてしていたわけではない。年頃になったら見合いしてというかさせられて、本人が気乗りしなくても親同士がOKなら結婚は決まったりする。「ゲゲゲの女房」の水木夫婦もサザエさんもお見合い結婚だ。2時間ドラマで人気の「浅見光彦シリーズ」では、昔は見合いを勧められるシーンがお約束だったが、そういや最近はないな。

マスコミは、幼児虐待問題や子育て支援の話になると、地域社会とのつながりや地域の見守りが必要だと言い出す。
「地域社会とのつながり」の具体例は何かと言えば、おせっかいなご近所さんのことだ。
ご近所に結婚適齢期で未婚の人がいれば、「結婚しないの?」、「いい人紹介するわよ」といそいそと話かけてくる人だ。
昔は、職場にもおせっかいな人が多かった。会社の上司に勧められて見合い結婚した人も多いだろう。
こういうおせっかいな人がいなかったら、昔だって未婚の人が多かったはずだ。昔の人の結婚は、半強制的なものなのだ。

「結婚したらどうだ」を問題視するバカの言い分に「余計なお世話だから」というのがあるが、他人に聞かれることの大半は、余計なお世話だ。
「休みの日はどこに行った?」「恋人はいる?」「子どもは何人?」etc。全部余計なお世話だ。
でも、少子化対策が必要だと思うのなら、「結婚したらどうだ」と無遠慮に聞くおじさん、おばさんを許容しなければおかしい。こういうおせっかいや余計なお世話を認めずに、少子化対策の重要性を云々するのは矛盾している。

家や子孫繁栄のために結婚する時代ではない。だが、年金問題が深刻になるにつれ、子どもが少ないと親世代を支えられないと言う。そのためには出生率を上げねばならず、少子化対策が重要だと言うわけだが、これは国のために子孫繁栄が必要だといっているのと等しい。
「親のために早く結婚しましょう」と言ったらセクハラだと非難されるのに、「国のために早く結婚して子どもを産みましょう」なら少子化対策だからOKというのはおかしい。

テレビでは、結婚できない男性タレントとか女性タレントというくくりのバラエティ番組も多い。最近見たテレビでも、「結婚しないの?」とよく聞かれる芸能人として井森美幸と島崎和歌子がインタビューを受けていた。
「結婚しないの?」がセクハラなら、この手のテレビ番組もダメってことになる。
マスコミは、「結婚したらどうだ」を自民党叩きに使いたいようだが、これを問題視するなら、テレビのバラエティ番組も問題視しろよ。
posted by らいと at 11:03|